真ん中にスペースを置く

コンステレーションというメソッドを使って
自分の家族を場に付置して眺める

あるべきところが空いている
あの場所は家族の中心
本来なら長男の僕がいる場所
でも僕はその脇に立っている

これが意図をもって
こうなるべくしてなったのだとしたら
それは何だろうか
何を学んでいるのだろうか

『真ん中にスペースを置く』

そう思ってみると
僕は会社でも真ん中に立つことを拒否してきた

と同時に罪悪感がおそう
真ん中に立たないなんて
自分の人生の真ん中を生きることからの逃避だ

僕の両親はともに長男長女で
両家系とも長男にこだわる家だった
僕からみるとそのエネルギーはヒエラルキーを生んでいて
家庭の中では見えない権力闘争があったように感じていた
その中に男一人の長男として
将来のヒエラルキーのトップを約束された僕は
十分にパワーゲームを味わったおかげで
すっかりヒエラルキーが嫌いになった

社長になっても会社の真ん中に立つことが苦手
でもそれは自分の人生を責任もって生きることへの
逃避じゃないか!そう思って自分を責めてきた

でも僕のこの人生がこの家族の付置が
意図してこうなったのだとしたら

もし意図して会社の真ん中にもスペースを置いたのだとしたら
何が起きるんだろう

得るは捨つるにあり
子宮から命がうまれるように
スペースを置くことで創造が始まる

もしかして自分の人生の真ん中を生きるとは
場の真ん中に立つことと勘違いしていたのではないか?
たしかに場の中心に立ってエネルギーを発揮する人もいる
でも僕がやりたいのは中心に人を置かない場づくりだ

中心にはスペースを置く
人はその脇に立つ
脇として場を形成するお役目としての自分
その脇としての自分の真ん中を生きる
それこそが自分の人生の真ん中を生きること

真ん中に人をおくとヒエラルキーが起きる
真ん中にいる人だけが人生の真ん中を生きているかのように勘違いをして
パワーゲームを仕掛けるか人生からの逃避に甘んじたりする

もし意図的に
会社の真ん中にスペースを置くことを
判断基準として経営したらどうなるだろう

たぶんそれこそが
ティール組織でいうところの
存在目的の声を聴くということになるのかもしれない

存在目的の声を聴き
その声を創造するお役目としての自分の真ん中を生きる

このためにこの家族この人生だった
そんなことを感じさせられた

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