感謝力

2000名をお迎えする2日間の講演会が終わった
まるっきりのヒエラルキー組織で
1年半前から準備してきたものを
開催1カ月前に天の一声で大変更
そこから毎週のように天の声が降り注ぎ
声が止んだのは4日前だった

仕事は1カ月前倒しで終わらせるのを理想としている僕は
これだけ大規模なイベントの部門責任者として
2か月前には大枠の準備は終わらせて
あとはトリミングでもするように完成度をあげていくつもりだった
その上1カ月前に降ってきた仕事はとても難易度が高く
自分としては完成度を高め切らずに本番を迎えることなった
それでもやれるだけのことはやったと祈るように

蓋をあけて本番を迎えると
予定していた人員が揃っていないなどの小さなトラブルは
現場リーダーと連携しながら対応して
いい感じに進行していく

が!
夕刻、、、
2000名の懇談会の準備をしているときに
案内誘導の看板が無いことが発覚
僕はブチ切れた

懇談会は全国11ブロックに分けた参加者を45分以内に
クローク5か所、会場3か所に振り分けるというオペレーション
これが1カ月前に降ってきた高難易度の仕事だった
もっと良いオペレーションがあるのでは?と検証する時間もなかったので
人員を80名に増強し手持ち看板を使ってマンパワーで切り回すという
まさに現場力まかせの力技のオペレーション
仕組みで考える僕は不確実性が高いので好まないが仕方がない
次善の策として用意したのが手持ち看板だった
そしてスタート30分前にその看板がないと発覚したのだった
対策を考えるにしても時間が無さすぎる
『どーすんだよ!これ』『ふざけるなっ!』
思わず声に出てしまった

『わかった、いいよ看板なしでやる!』『え?』
オペレーションを仕切ってくれる現場リーダーだった

『大丈夫。皆にはきちんと説明したから、何とかなるよ』
『・・・』

この“大丈夫”で僕は少し冷静さを取り戻し
その場は現場リーダーにお願いして
全体の進行に戻ることができた

結果、懇談会は大したトラブルも発生せず
スムーズに進行して大盛況のうちに終了した

翌日の2日目も変わらず小さなトラブルは起きつつも
現場の人と力を合わせて無事に2日間の日程を終えることができた

最後の打ち上げで込み上げてきた思い
それは感謝だった

数年前のビジネス研修では
僕は感謝力が低いと思い知った

“感じて謝る”と書く感謝
相手にしてもらうのに比べ
己の至らなさを感じてありがたいと思う気持ち
とビジネス研修では教わった

もしかすると親への感謝が足りていないのかもと思い
カタチから感謝をしようと試みたこともあるが
なにかが違った

僕は己の至らなさを感じられない
傲慢さがあるのだと思った

でも今回、初めて感じることができた感謝は
少し違ったものだった

それは準備段階から完璧な準備ができなかったことに始まり
当日、最も難しいと思っていたオペレーションに
打つ手がないと思うようなトラブルが重なり
1カ月前倒し主義の僕の限界を遥かに超えてしまった
もうダメです御免なさいとギブアップした時に
『大丈夫だよ』の一声に助けられ
人を頼って僕の想像を越えたところで成果がつくれた
謝るくらいの状況で助けられてかえってうまくいった
『ありがとうございます』しかなかった
この感覚が感謝だったんだ

たぶん僕が感謝力が低かった理由は
こんなに限界な状況にならないようにしてきたからだったんだ
前倒しで準備して人にお願いはしても
投げ出すように助けを求めたことはない

人に何かを頼むのならきちんとした道をつくりたい
過去に自分がそうしてもらえず苦しんだという思いがあるから
自分の味わった苦しみを人に味わわせることはしたくなかった
根底にはそんな思いがあることを思い出した

でもきちんとした道がつくれなくても
それが人の力を合わせることに繋がり
大きな成果と喜びをつくることもある
そういう体験を自分の過去に上書きすることができた

本番で限界を超えるくらいの全力を尽くすことをしなくてもよいくらい
前倒しの準備に力を入れすぎることが
感謝力の低さに繋がっているとは思いもよらなかった
これからは前倒しの準備はしたうえで
本番でさらなる全力をつくすこと
人と力を合わせて限界を超えた成果をつくる喜びを味わうこと
そこに注力していきたい人と感謝で繋がりながら

ヒエラルキー組織に辟易としていたけれど
おかげで最も大切なことを学ばせてもらった体験となりました
ありがとうございました

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