人は依り代

子供が僕を愛するのは
僕が素晴らしいのではなく
子供に愛する力があるのだ

ここまでは
そう思っていた
でも

僕が親を愛するのは
僕に愛する力があるのだ

こう思うと苦しさがあった

憎しみがあるのは
愛の裏返しであると
頭で理解するほどに
憎しみがあることが
僕自身に問題があるように
思えてしまうから

人は依り代
そう思えたら
楽になった

愛は源から
依り代の僕を通して
人へと注がれている

なんだ
愛は僕のものじゃなかったんだ
愛が流れ込んでくるのは
僕には止められない

そう思えたら
あきらめがついた

愛さなきゃいけないと
思い込んでいた

流れ込んでくるんだから
仕方がない

僕にできること
することは
その流れを
澱ませないこと
遮らないこと
濁らせないこと

源からの大いなる流れのなかに
身を任せて
循環の輪の中へと
明け渡していく

愛のような
光のような

自分の中に
注ぎ込まれるそれを
ただ表すことだけに
意識を向ければいいんだ

愛を光を
できるだけコントロールしない
執着しない
愛や光に任せておくんだ

2 thoughts on “人は依り代

  1. 菊池かおり より:

    昭ちゃん、久しぶりにブログをまとめて拝見しました。
    ずっと探求してきたことが繋がってきたんですね!
    「人は依り代」という考えはすごい!!
    とても腑に落ちます。

    1. 炭屋 昭一郎 より:

      かおりちゃん、コメントに気付くのが遅くなってすみません。
      人は依り代。最近また特に感じます。

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